2013
11.15

がん放置療法は人体実験

がん放置療法とは、がん患者さんに積極的な治療をしないで、放置することです。これは、近藤誠先生が最近、ご自身の著書や色々なメディアの取材など、あちこちで主張していることのうちの一つです。近藤先生の主張は、「がんには、がんもどきと、本物のがんがある」「抗がん剤は効かない」「がん放置療法がよい」などとの主張をしています。このような表現は断定的で、わかりやすいので、一般の国民、読者にとっては、受け入れやすいのかもしれません。実際のところ、正確には、近藤先生の主張は、「すべての」ではなくて、「一部の」とすると、科学的・医学的にも正しい表現となります。「一部のがんはがんもどき」「一部の患者には、抗がん剤は効かない」「一部の患者には、がん放置療法がよい」とするとわかりやすいでしょう。しかし、近藤先生は、ご自身の主張に対して、著書の中では、すべてに当てはまると主張しているので、困ったものなのです。がんもどき理論、抗がん剤は効かない理論、に関しては、別の機会に解説したいと思いますが、今回は、がん放置療法について、述べたいと思います。

「がん放置療法は人体実験である」、このような表現法は、近藤先生的表現であり、「がんを放置することは、すべて人体実験である」のように解釈されてしまうかもしれません。正確には、「がん放置療法は、一部の患者さんを除いては、明らかに人体実験である」が、医学的に正確な表現です。人体実験とは、文字通りにとらえますと、人間に行われる医学上の実験のこととなりますが、倫理的・科学的に妥当なものは、人体実験とは言わず、「臨床試験」と呼ばれます。一般的に、人体実験と言ったら、倫理的・科学的に問題がある人間に行われる医学実験ということになります。人体実験は、ナチス・ドイツが行った人体実験が有名ですが、ナチス・ドイツは、強制収容所に収容された人間を使って、麻酔なしで、骨、筋肉、神経の移植実験をやったり、人間がどこまで低温に耐えられるか?という低温実験などをやったりしました。ナチス・ドイツの人体実験を反省して、戦後1947年医学界において「ニュルンベルク綱領」が採択され、臨床実験における説明責任が医療者において確認されるに至りました。ニュルンベルク綱領はのちに制定された「ヘルシンキ宣言」の基礎となりました。ヘルシンキ宣言は、1964年世界医師会で採択されました。ヘルシンキ宣言は、人間を対象とした医学研究に対する倫理的原則を規定しています。今日の臨床研究・臨床試験は、すべて、このヘルシンキ宣言に基づいて行われています。ヘルシンキ宣言の基本原則を簡単にまとめると、1.患者・被験者の尊重、2.本人の自発的・自由意思による参加、3.適切なインフォームド・コンセントが得られること、4.倫理審査委員会の承認、5.科学的に妥当な医学研究であること、になります。人間を対象とした医学研究は、被験者を無用な危険にさらすことのないように、厳密・校正に規定がなされています。日本でも、厚生労働省から、「臨床研究に関する倫理指針 」が出されていますので、詳しくはこちらを参照してください。

近藤先生の「放置療法」を考えてみましょう。放置療法がまず、研究なのかどうか?すなわち、実験的な試みなのかどうか?ということです。実験的な試みかどうかは、ある医療行為が実際の医療現場で許容されるかどうかで判断されます。がん患者に対して、実際の臨床現場で、積極的治療を行わないという選択肢が推奨・許容されるか?ということになります。

実際に、再発がんや進行がんで治癒が困難で、治療の目標が、治癒ではなく、がんとの共存や、延命、QOL(生活の質)の維持である場合には、積極的治療を行わないという選択肢は実際に提示されるべきでありますし、許容されると思います。また、重い心臓病を持っていたり、重症な肺障害を合併していたり、人工透析を行っていたりする患者さんなどのように、積極的治療をするのに支障を来たすことが予想されるような場合には、積極的治療を行わないという選択肢が示されることは妥当と思われます。しかし、それ以外の状況で「放置療法」は、許容される療法ではありません。例外的に、早期前立腺がんでは、実際に「放置療法」が行われています。実際には、放置療法などとは言わず、「PSA監視療法」と言います。前立腺がんは、進行が比較的ゆっくりです。すぐに積極的治療を行わずに、血液中のPSAを定期的に行うことにより、PSAが増加してきた時点で、積極的治療を行っても予後が変わらないといういくつかの臨床試験の結果があるので、このような方法が許されているのです。PSA監視療法は、国際的診療ガイドラインや、日本の前立腺がん診療ガイドラインにもきちんと記載があります。ただし、このようなガイドラインでも、PSA監視療法を行う対象患者さんについて、具体的に厳密な規準(グリソンスコア6以下、PSA値10 ng/mL未満、生検陽性コア数2本以下、臨床病期T2以下など~日本泌尿器科学会前立腺癌診療ガイドライン2012版より~)が示されています。臨床研究をもとにした科学的根拠をもって、このような対象患者さんに行われるのが妥当と判断されたのです。

前立腺がんを除いて、少なくとも、積極的治療で治癒が期待できるがん患者さんに対して、「放置療法」が許されているがんは存在しません。世界中の診療ガイドラインを見ても、どこにも放置療法が推奨、もしくは、選択肢として記載があるガイドラインはありません。診療ガイドラインというのは、現時点での、医学の最新情報を含む全ての情報を、複数の専門家が集まり、厳密・校正な吟味、評価を繰り返し行い、医療現場で使用できる指針として作成されたものです。内容が偏らないように、非専門家を含む第三者の人間が内容をチェックすることも行われます。また、最近の海外のガイドラインなどは、製薬企業から少しでもお金をもらっている専門家はガイドラインの作成には加わることができないようにするという厳しい規準の中で作成されています。このように、診療ガイドラインは、現代医学の粋を集めてつくられています。人間一人一人の考え方というのは、それぞれ違っていますし、専門家でも意見が分かれることもあります。このようなガイドラインは、決して個人の偏った思い込みや、権力を持った個人の強い意見などに左右されないように客観的に評価され、つくられています。信頼できる医学情報が錯綜する中、患者さんは何が本当の情報なのか迷うと思います。医療情報の中でも、最も信頼性が高い情報の一つが診療ガイドラインと言えます。がんの診療ガイドラインは、国立がん研究センターがん対策情報センターのホームページに出ていますので、こちらを参照してください。

このように、ガイドラインに記載がないような療法は、新治療法であり、研究的・実験的治療であると言えます。近藤先生は、ご自身の著書で、「がんの9割に、放置療法をすすめる(アスコム 医者に殺されない47の心得80ページ)」「肺がん、胃がん、前立腺がん、乳がんなどの固形がん(肝臓がんを除く)に放置療法をすすめる(文春新書 がん放置療法のすすめ11ページ)」と述べています。しかも、著書には、細かく、●がんが発見されたという一事では、早期がんでも転移がんでも治療を始めない。●がんを放置して様子を見る場合、診察間隔はがんの進行度による。早期がんなら、6ヶ月に一度、進行がんや転移がんなら3ヶ月に一度程度の間隔で診察を始め、徐々に延ばすようにする、●がんが増大するようなら、あるいは苦痛等の症状が出てきたら、その時点で、治療するかどうか、どういう治療にするかを相談する、などと書かれています。このような治療方針は、日本はおろか、世界中の診療ガイドラインを見てもどこにも記載がありません。つまり、ガイドラインに書かれていないことを推奨する、というのですから、新しい治療法ということになります。近藤先生は、大変勉強家であり、医学論文を何百・何千と読まれているそうです。その中で、独自に考え出した方法が、この「放置療法」と言うわけです。その発想に関しては、すばらしいと思います。確かに、一部の患者さんには、うまくいくかもしれません。しかし、世界の診療ガイドラインにも記載がないような治療法ですから、「がん放置療法は有効である」、というのは、あくまでも仮説であり、実験的治療法と判断されます。

近藤先生は、著書の中で実際に、150人の患者さんに試した結果、有効性を確証したと言っていますが、科学的・医学的に判断しますと、これでは全く証明できていません。放置療法が有効だった(かもしれない)患者さんたちの背景として、がんの種類もさまざまですし、進行度、再発の有無、合併症の有無、年齢など、かなりさまざまな患者さんの例が書いてあります。また、実際に放置療法(PSA監視療法)が有効とされている前立腺がんの患者さんの例も含まれています。こうした症例報告には、問題がかなりあります。近藤先生のところに受診し、経過観察が長く行われた患者さんは、記録されますが、途中から何らかの理由で受診しなくなった患者さんに関しては、経過がわからなくなっていますので、記録されることがありません。途中受診しなくなった患者さんの中には、すぐに進行してしまった患者さんが多数いた可能性もあります。つまり、うまくいった患者さんのみをセレクト(選択)して発表している可能性があります。これをセレクション・バイアスと言います。科学的・医学的に解釈しますと、こういった症例の報告例に関しては、医学情報の中でも最も低い信頼度と判断されます。加えて、近藤先生の放置療法を施行した患者さんの150人の例について、しっかりと医学術雑誌に投稿していればまだ少しは信用したいと思いたいのですが、残念ながら、日本語、英語を含む医学術雑誌には投稿・公表されていないのです。最も投稿されたのですが、掲載拒否をされたのかもしれません。医学術雑誌は、科学雑誌ですから、科学的に信頼性が乏しい論文は受けつけが拒否されます。また、新しい治療法を倫理審査委員会の承認を得ずして行われた場合には、問題のある治療法と判断され、掲載拒否されます。このように、近藤先生の放置療法が有効であると主張している150人のデータというのは、医学的・科学的に信頼性のあるデータとは見なすことができないのです。

以上から、放置療法は、一部の限られた患者さん(転移・進行がん、重症合併症をもつ、高齢者、早期前立腺がん患者など)を除いては、実際の診療で行われることの正当性はない実験的療法であると判断されます。もし、放置療法を、合併症のない早期がんの患者さんなどに推奨し、行おうということでありましたら、臨床試験として行われるべきです。つまり、新しい治療法として、実験計画書を書き、どのような対象の患者さんに、どのような方法で、何人の患者さんにやるのか、評価をどうやってやるのかなど、詳細な記載が必要です。また、患者さんへの説明文書には、現在の標準治療は積極的治療である○○であり、標準治療が推奨される治療法であること、「放置療法」はあくまで実験的治療法であり、その有効性は証明されていないこと、放置療法のリスク(放置しておいた場合に、がんが進行して死亡することもあること)、ベネフィット(放置療法の利点)について詳細に記載されてあること、以上の項目が少なくともきちんと記載されているべきです。もちろん、放置療法の実験計画書は、施設の倫理審査委員会に提出され、承認される必要があります。

残念ながら、近藤先生は、放置療法を、臨床試験として実験計画書を書いて、倫理審査委員会に提出している様子はありません。現在、臨床試験は、登録制になっていて、日本の臨床試験は、UMIN-CTR臨床試験登録システムに登録されていますが、ここで検索しても、がん放置療法は登録されていないようです。臨床試験登録システムは、全世界的に行われていて、よくなかった結果のみしか公表されにくいという出版バイアスを防ぎ、公正な公開をするという倫理的な義務として行われているものです。

実際のところ、現在でも、近藤先生はご自分の外来でこの放置療法を推奨し、施行しているようです。乳がん3期の患者さんで、近藤先生を受診し、手術も放射線も抗がん剤も施行せず、放置することを推奨された患者さんがいました。6ヶ月程経ってから、がんが骨、全身に転移し、その段階になって、放射線治療が施行されました。その患者さんは、自分の治療がこのような方法でよいのか不安になり、私のところを受診されました。すでに、全身に転移していましたので、治すことは困難でありましたが、抗がん剤をうまく使用しながら、ご自身の生活の質を保ちながら、共存ができたと思います。残念ながら、この患者さんは、その後、亡くなられましたが、近藤先生を受診した際には、3期乳がんだったので、この時点で、標準的な積極的な治療(抗がん剤、手術、放射線治療による集学的治療)を導入していたら、と残念でなりません。もちろん確実に治っていたということは言えませんが、3期乳がんは、標準的な治療法をすることによって、40~50%は治癒する可能性があるのです。患者さんに適切なインフォームドコンセントが行われたかどうかも疑問が残ります。

このように放置療法を一部の例外的な患者さん以外に行おうとする場合、倫理的・科学的な問題が大いにあるのです。このようなまだ効果が確証されていない治療法が、実験的・研究的治療法として、厳密な基準に従った臨床試験として行われず、実地診療で行われているということは、明らかにヘルシンキ宣言違反であり、人体実験と言ってよいと思います。前述したヘルシンキ宣言をチェックしましても、1、2は本人の自発的な同意が得られていることからよいとしても、3適切なインフォームドコンセントが行われているか疑問でありますし、4倫理審査委員会の承認が得られていないこと、5科学的に妥当な医学研究かどうかは、かなり疑問が残ります。

現代医学は、過去に患者さんを人体実験にしてきたことを反省し、患者さんに危険な医学実験から、患者さんを保護するために、ヘルシンキ宣言に基づいて、厳密・校正に医学研究が行われているのです。近藤先生の放置療法がこのまま、何の規制もなく行われてよいのでしょうか?このような治療法を施行することを許している慶応大学病院には問題がないのでしょうか?慶応大学の倫理審査委員会に問題はないのでしょうか?このような人体実験を推奨している著書を一般国民・患者さんに伝えているメディアに責任はないのでしょうか?一臨床医として、放置療法をこのままにしていることの、大きな危惧を覚えましたので、コメントさせていただきました。


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dot 2014.10.06 00:06 | 編集
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