2013
11.15

腫瘍内科医というお仕事

腫瘍内科医が診る患者さんは、大半は治すのが困難な患者さんです。治る可能性が高いと考えられる患者さんに対しては、「頑張って治療していきましょう」とお話しできますが、治すことが困難な患者さんに対しては、「頑張って治療していきましょう」といきなり言うことはいたしません。まずは、がんが進行していて、治すということが困難であることを丁寧にお話します。その作業には、かなりの時間が必要です。患者さんにとっては、病気が治らない、ということはかなりショックなことと思います。治らないということは、簡単に受け入れられるものではないと思います。患者さんは、それでも希望を持って、抗がん剤に望みをかけるのですが、そこで、腫瘍内科医は、「治すことを目標としないで、生活の質を大切にしながら、がんとうまく共存していくことを目指しましょう」などと言うわけです。「先生、私のがんを治してください」という患者さんに向かって、「治すことはできませんが、少しでもよくなるように、一緒に頑張っていきましょう」などと言う腫瘍内科医は、患者さんにとっては、希望を失わせることばかり言う恐く冷たい存在なのかもしれません。

治療に期待、希望をもって臨む患者さんと一緒に、病気と向き合って、がんと闘っていくのは、容易なことではありません。患者さんと一緒に悩み、苦しみながら毎日を過ごしていかなければなりません。安易に「よくなりますよ」とも言えませんし、また、「やってもだめですよ」と冷たく言うのは、患者さんを絶望に陥れるだけになってしまいます。大事なことは、患者さんから逃げず、病気からも逃げず、我々医者も患者さんの苦しみを一緒に分かち合い、共に向き合い闘っていくことだと思っています。

抗がん剤の専門家が腫瘍内科医なのですが、抗がん剤の限界もよくわかっているのが腫瘍内科医です。我々の大事な仕事は、いかに無駄な抗がん剤をやらずにすませるか、であると思っています。例えば、転移性乳がんの患者さんの場合、乳がんの抗がん剤も数多く承認されていますので、これがダメなら、次はこれ、というように、どんどん抗がん剤をやり続けることができます。これをしているとどうなるかというと、抗がん剤で体はボロボロ、生活の質ががた落ち、などという状況になってしまいます。医師は患者の副作用を過小評価する傾向にあると実際に報告があります。

肝臓転移のある乳がん患者さんで、脱毛を避け、内服のカペシタビンを選択肢した患者さんがいました。カペシタビンはそれなりに効果がありましたが、カペシタビンの手足症候群が激烈で、手足の表皮がベロベロに剥けてしまい、文字も書けず、歩行困難になりました。もちろん仕事もできず、料理を作ることもできず、自分で食事を取るのがやっとという状況でした。私のところに来た時には、車椅子で外来にやってきました。手足は包帯でぐるぐる巻きになっていましたが、包帯を取ると、足の皮が全部剥け、骨が見えるほどになっていました。ここまで、カペシタビンの副作用がひどくなった患者さんは初めて見ました。患者さんも効果があるからと、副作用を我慢してがんばっていたというのでしたが、このようになるまで、カペシタビンの投与を続けさせた医師にも問題があったのではないかと思います。抗がん剤治療の目標は、がんとうまく共存をし、より良い生活をすることが目標なのに、これでは、何のために抗がん剤をしているのかわからなくなってしまいます。その患者さんに対しては、すぐに、カペシタビンを中止し、代わりにTS-1を内服してもらいました。TS-1は、カペシタビンと同様のフッ化ピリミジン系薬剤ですから、同様の効果が望めますし、カペシタビンのような手足症候群が少ないので、カペシタビンの代用になると思われました。実際には、TS-1には、あまり効果が見られなかったので、すぐに止めてしまいましたが、その後は、手足症候群も改善し、何よりも日常生活を普通に送ることができるようになったことは患者さんから感謝されました。

抗がん剤をいつまで投与するか?ということは、しばしば専門医のあいだでも議論がなされることですが、亡くなる直前まで抗がん剤をするということは、医学的に延命させるというエビデンスもなく、QOL(生活の質)を低下させるばかりであり、避けるべきとされています。実際、誰も亡くなる直前まで抗がん剤をやり続けたいと希望する人はいないと思います。私が国立がんセンター時代に、レジデントにやってもらった仕事で、次のような研究があります。論文は、The Oncologist 2009;14:752–759 です。国立がんセンター中央病院 乳腺・腫瘍内科で2002-2006年に抗がん剤治療を受け亡くなった255名の患者さんのうち、亡くなる3ヶ月以内まで抗がん剤を続けていた患者さんには、どのような因子が影響したかを調べました。結果として、患者さんへ緩和ケア(ホスピスケア)についての情報提供をうまく伝えられなかったという因子が、患者さんが亡くなる直前(最後の3ヶ月以内)まで抗がん剤を続けることに大きく影響したというものでした。この結果は、統計学的にも有意なものでした(P <0.0001)。つまり、緩和ケアについての話合いを、治療を始める前からきちんとしておかないと、だらだらと抗がん剤を亡くなる直前まで続けてしまう、という結果になる、ということなのです。

緩和ケアについて情報提供をするということは、実際の医療現場では案外うまくなされていないものなのです。患者さんは、治療(抗がん剤)に希望を持っていますし、医師もなかなか抗がん剤を止めましょう、とは言いにくいものですから、ついつい、緩和ケアという選択肢があることを言い出せなかったりすることが多いのです。

緩和ケアについての話合いをするのには、患者さんの意向も聞きながら、時間をかけて丁寧に話さなければなりません。逆に、そのような患者さんに、一方的に、「もう治療はない、後はホスピスを紹介する」などと冷たく言って、患者さんを突き放すような言い方をする大学病院の医師や、がんセンターの医師がいることは事実です。実際に、「国立がんセンターはがん難民製造工場だ」、などと非難されてきたのも事実です。

抗がん剤を亡くなる直前まで一方的に続けるのも、もう治療はない、ホスピスを紹介すると一方的に言い放つことも、両者とも医師が主体で患者の意向を尊重していないことに問題があると思います。また、「抗がん剤治療を止めて、緩和ケアに専念するかどうか、あなたが決めてください」と、患者任せにすることも実際の医療現場ではよく見られる光景です。これも患者さんからすると、「そんなに難しい問題は自分では決められない」と思います。再発・転移後の治療選択は大変難しいものですが、私のところに、セカンドオピニオンにいらっしゃった患者さんで、『治療方針について全て、「あなたが治療を決めなさい、どっちにするか決めてきてください」「抗がん剤するか、しないか、次までに決めてきてください」と責任逃れをするかのように、丁寧に説明されることもなく、治療選択をせまられて困った』、という患者さんがいました。

大事なことは、医師が自ら、患者さんと一緒に悩み、苦しみ、一緒に考え、患者さんの気持ちを支えていくということが大切であると思っています。本当に大切なことは、治療を続けるかどうか?ということではなくて、いかに、生活の質を保っていくか?ということであると思います。生活の質とは、個人個人違うものです。生活の質とは、その人が大切にしたいこと、大事にしたいことであると思います。生活の質を保つために、治療をするかを決めればよいのですから、大切にしたい生活の質が何か?を医療者は聞いておく必要があると思います。抗がん剤をすることが目標ではなく、生活の質を保つことが目標だからです。

上記の患者さんには、「あなたが大事にしたいと思うことは何ですか?」と聞きましたら、「仕事や、趣味や、海外旅行にも行きたい」と色々なことを話してくれました。そのようなお一人お一人の大事な生活の質を保てるように、抗がん剤治療もうまくやっていけるよう一緒に考えていければと思います。一方的に患者さんに治療をおしつける、また、患者さんに決めさせるのではなくて、患者さんと一緒に悩み、患者さんをサポートしていくことが、内科医である腫瘍内科医ができるお仕事の一つではないかと思っています。

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