2013
06.30

アンジーショックについて思うこと

すでに日本でも大きく報道されている通り、米国映画俳優のアンジェリーナ・ジョリーが自身の両乳房切除再建手術について明らかにしたのは、5月14日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙に掲載された「マイ・メディカル・チョイス」というタイトルの署名記事でありました。母を56歳の若さで卵巣がんにより亡くしている彼女は、遺伝子検査でがん抑制遺伝子(BRCA)に変異が見つかり、将来、乳がんになるリスクが87%、卵巣がんのリスクは50%という診断を受け、乳がんの予防のために、両乳房切除を受けたというのです。

これによる日本のメディアの対応は、相変わらず、場当たり的というか、乳房切除を受けることは賛成か?反対か?とか、日本では可能かどうか?などとか、また、専門の医療機関も予防的乳房切除ができるように施設の倫理委員会に申請をしたということが報道されましたが、患者さん、日本の国民に対して、果たして大事な情報を流しているのかというと、どうかな~?と首をかしげてしまうものばかりです。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer, HBOC)に関しては、日本乳癌学会の患者さんのための乳がん診療ガイドラインhttp://jbcsfpguideline.jp/category1/004.html , 日本HBOCコンソーシアムhttp://hboc.jp/ を見ていただけると詳しく載っているのでこちらを参考にしてほしいのですが、日本での問題点、日本ですべきことは何か?を考えてみたいと思います。

日本でも米国ほどの頻度ではありませんが、5~10%が遺伝性といわれています。実際に、家族歴をもつ日本の乳がん患者さんの約30%にBRCA1またはBRCA2変異があることが報告されています(Int J Cancer. 2001 Jan 1;91(1):83-8. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11149425)ので、BRCA変異をもつ乳がん患者さんは、多めに見積もっても、乳がん全体の3%と程度ということになります。遺伝性乳がん卵巣がん家系では、BRCA遺伝子変異は親から子に1/2(50%)の確率で伝わります。問題は、このBRCA遺伝子検査を誰にどのようなタイミングで受けてもらうか?ということです。本人だけでよいのか?姉妹は?母親のBRCA保有がわかった場合に、娘さんに受けさせるのがよいか?何歳になったら?などの問題が生じます。もし、婚前の20代の娘さんだった場合に、その検査を受け、陽性だった場合、予防・検診をどうやってするのか?結婚の際に、相手に伝えるべきか、伝えないべきか?などさまざまな疑問・問題が生じます。これらの疑問は、遺伝専門カウンセラーによる専門的なカウンセリングが必要なのです。

日本の一番の問題点は、この遺伝カウンセラーによる支援体制が整っていないことです。加えて、BRCA遺伝子検査、遺伝カウンセリングが、公的保険で承認されていないことです。これらは、欧米先進諸国では、ほとんどの国で認められています。米国では、予防的乳房切除・その後の再建も、ほとんどの保険で認めているといいます(医学界新聞続 アメリカ医療の光と影  第247回 http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03031_06)。BRCA検査費用は、自費診療だと約30万円かかります。日本家族性腫瘍学会、日本人類遺伝学会、日本遺伝カウンセリング学会がそれぞれ、別な基準で、遺伝カウンセラーを認定していて、足並みがそろっていません。日本HBOCコンソーシアムで、BRCA遺伝子検査・遺伝カウンセリングを実施している施設を紹介していますが、まだまだ不十分と思います。

BRCA変異をもつ遺伝性乳がん卵巣がん症候群は、卵巣がんにかかるリスクも上がりますが、卵巣がんのことはほとんど報道されないことも気になります。アンジーは、今後は、予防的卵巣摘除も行う予定と聞いていますが、卵巣摘除がよいのかどうか?ということもまた、死亡率まで低下させることができるのか?腹膜がんは予防できない、卵巣欠落症候群とのリスクベネフィットバランスはどうなのか?など、議論があるところです。
BRCA変異をもつ乳がん、卵巣がんに対しては、現在、分子標的薬の一つである、PARP阻害剤の期待が高まっています。卵巣がんではすでに、臨床第二相試験で良い結果が出ており(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22452356)、第三相試験に向けて準備がすすんでいます。日本では、悲しいことに、BRCA変異検査が保険承認されていないという理由で、この新薬の国際治験に参加できないのです。乳がんでの、PARP阻害剤は、Iniparibという薬剤が、第三相試験では有用性が証明されませんでした(https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/40303/Default.aspx)が、BRCA変異乳がんを対象とした、PARP阻害剤の開発は続々となされています。問題なのは、BRCA遺伝子検査ができないことで、ますます、こうした新薬開発から日本が取り残されていくことです。

以上から、アンジーショックから学ぶこととして、我々は、予防的乳房切除が良いか悪いか?などという場当たり的な、興味本位のことを議論する必要ありません。まず、遺伝カウンセラーによる支援体制の整備と、BRCA遺伝子検査、遺伝カウンセリングを、保険で認めてもらうことようにすることが大切と思います。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群について理解が高まることは良いことと思われますが、科学的に正しい情報を知ってほしいし、まず、我々が何をすべきかを一緒に考えてほしいと思います。

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コメント
はたから見てると、マスコミがセンセーショナルにアンジーに注目しただけで、遺伝性乳癌のことは二の次、それではかっこ悪いから乳房切除の是非を考えるみたいなポーズをとったため、丁度班研究など機運の盛り上がった乳癌学会が反応し大袈裟になりました。これから体制を整えようとしている時に飛んだ横槍が入った形になっている印象です。幸い、準備していたため声明を早くに出すことができよかったわけですが、興味本位のメディアにはうんざりすると同時に、もう少し勉強してくれないかといつも思っているところで、先生のブログはタイムリーで良かったと思います。これがきっかけで一気に進展する予感もあり、そういう意味ではアンジーショックはプラスに働いたのかもしれません。
Yoshdot 2013.06.30 19:53 | 編集
先生のブログ拝見させていただきました。私はHBOCで実際にこの騒動でメディアからの取材を受けました。私が伝えたかった検査費用の保険適用ないしは先進医療の適用、乳癌がきっかけで判明したBRCA1でも卵巣がんのリスクがあること、検査の必要性、患者の不安、検診費用の負担、カウンセリングの実態(私はとても恵まれた環境と医師のもとでカウンセリングを受けていて安心(?)しております)、そして子供や親族への影響など患者からの意見を述べたものの、結果伝えたかったことのほとんどが記載されませんでした。しかしながら、HBOCの存在やいわゆる「がん家計」と一般的に軽々しく口にされる遺伝子の種類を少しでも理解できた人がいるなら少しは良かったような気もします。まだ当分は言いたいことも伝わりそうもないですが、診察の度にじっくり話しを聞いて下さる主治医や、このように書いて下さる先生、HBOCの研究して下さる先生方に感謝致します。
torodot 2013.07.02 01:00 | 編集
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dot 2014.04.25 01:11 | 編集
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